飲水思源

もう、やめてしまおうか

そんな考えが、実は昨年の秋から冬にかけて、何度も何度も頭をよぎりました。

流々の営業の話です。オープンしたばかりなのに!


昨年7月、念願だったセッション用プールをやっと完成させました。

けれどコロナの影響で限定的な営業しかできず、いつになったら気兼ねなくセッションできるようになるかも分からない日々。駆け足で夏を終えた頃、長い航海から陸へ上がった直後のようにグラグラと揺れる、不確かな足元が目に入るようになっていました。


一度気づいてしまうと、その不確かさは増す一方。心に揺さぶりをかけてくる。

夏の間、気付きながらも目を背けていた不安や疑問が、頭の中でじわじわと声を大きくしていくようでした。

ー いつになったらまともに集客できるんだろう。

ー ビジネスとしてこのまま続けていけるのか。

ー 本当に求められているサービスなのか。

ー 世の中が大変な時にこんな呑気なことやってていいものか。

ー もうこのままフェードアウトしちゃったらいい.....


不安の声が大き過ぎて、まともに思考もできない。

どろっと重たくまとわりつく感情の堂々巡り。


変わらず日常をおくりながらも、仕事に対するやる気だけが、目に見えない穴から少しずつ水が漏れるように目減りしていきました。冬季のお休み期間中、取り掛かろうと考えていたあれこれのためのエネルギーなんて到底見つけられなかった。


「どうしてこんな面倒なことをやっているのか。何のために?」という疑問符ばかりが湧くようでした。



 


何のために?

その答えを、私なりに納得いく形で得られたのは年が明けてから。新しく得たというわけではなく、暖かな陽射しを浴びる日が増えて徐々に解れていった心が、初心を思い出してくれた。


それは、「水中ホリスティックセラピーを世の中に残したい」ということ。

どんなに言葉を駆使しても、テキストにはできない。どんなに美しく編集しようと、写真や動画に全ては映しとれない。人から人へ、実際に体験するという形でなくては伝えられないもの。初めてのセッションを受けた時、その体験をつなぐ人に、受け継ぐ一人になりたいと思った。そのことを思い出しました。


つなぐことが大切なので、細々でもいい。

1回切れても、何回立ち止まっても、また再開できたらいい。

今年とか、来年とか、そんな短い期間の不安なんて瑣末なことじゃない?

求めてもらえたら嬉しいけれど、何より私が求めている。

大切にしたいのは、始まりに抱いた感謝の気持ち。

.... そんなふうに考えられるようになって、ずいぶん楽になりました。


そして、2021年も営業再開に至ることができました。



 



気弱になっていると、自分の中の当たり前さえ、ブレることは容易い。

注意しないと、またやってしまいそうです。

ブレることは、甘えだと思うのです。

けれど世の中は、非情なほど目まぐるしく進んでいくので、自分の中にあえて停滞を設けることが必要な時も、もしかしたらあるかもしれない。自らを律する厳しさも、甘えを許すゆとりも、少しずつ持ち合わせておくのがいいかな。そうしたらきっと、ブレてもまた帰ってこられる。



【飲水思源】というのは、「水を飲む時はその源を考える.もとを忘れてしまわない. 基本を忘れない」という意味を持つ言葉だそうです。

戒めに、覚えておこう....