改めて、大切にしたいこと

御礼

2度目の夏が過ぎ、今季最後のプールサービスを終えました。

今シーズン流々をご利用いただいた皆さま、遠くから応援いただいた皆さまも、どうも有難うございました!


昨年に比べれば、ずいぶん前向きな気持ちでシーズンを終えられてホッとしています。

ささやかながら、今季のいちばんの目標はそれでした。体も気持ちも、安定したまま秋を迎えること。

お客さまからの、やさしかったり、うれしかったりする言葉にも度々元気をもらい、感謝しきりです。


lulu pool

 

この夏しなかったこと、その選択について

心を弱らせてしまった昨年の反省を踏まえて、この夏は、「やり過ぎない」と決めていました。

最も大切な最低限のこと - つまり対面でのお客さまとのやり取りと、庭の整備。それらは死守する。でも他のことは、できなくてもよしとする。いや、やらなくてもいい、大丈夫。とする。

この取捨選択がなかなか、うまくいったみたいです。


予定では、

夏の間もう少し頻繁にブログ書くつもりだったし、インスタグラムも再開するつもりでした。

お手洗いのドアに波模様の壁紙を貼りたかった。

庭のベンチを直して、

イランイランの種を植えたかった。

新しく花壇を増やしたかった。

勉強のために読みたい本もあった。


全て、この夏の間には実現しなかった。


ちょっと無理すればね、上記の中には、できたこともあったと思います。

でもその「ちょっと無理」ってやつが、危ない。

自分を少しずつ、削り続けるようなこと。


ひとつひとつ見れば、本当に大したことない。「え~できるでしょ?」と自答してしまいそうな。

でも客観的に見た中身より、重要なのはその時の、それをする自分の気持ち。

天秤にかけて、ネガティブな気持ちがちらりとでもよぎる場合には、それがどんな理由であれ、その仕事はその時点ではやらない、という判断をするようにしました。

できるできないじゃなくて、イヤなら、やらない。

休みたければ、休む。

扇風機つけてゴロゴロする。


自分に対して客観性を持つことは大事だと思いますが、それでは視えない事もある。

主観を、矮小化したくなかったのです。

自分に甘いだけにはなりたくないけれど、その境界線がよく分からなかったのでね。

結果的に甘めに、ゆるりと過ぎていった夏でした。


 

分からないのもわるくない

歳をとると自分のことがもっと分かるようになる、と一般的にはいいますね。

ところが私の場合、自分について「ますます分からん…」という事態に陥っています。

だって、10代や20代の頃と比べれば、体力も気力も衰えていく。だから例えば、仕事量の限界だって同じであるはずがない。そもそも、20年近い年月を経て同じやり方で仕事してたり、生きていたりするワケがない。好みだって変化している。20代の私なんか、あるいは5年前の私でさえ、現在の私からしたら別人でしかない。


そんな訳で、己の心の機微に腰を据えて向き合おうとしてみたこの夏、自分という人間に対するナゾは深まるばかり。それもまぁ面白いので、よしとしましょうか。


停滞したくない ... あ、これは昔から一緒!

変化は、ウェルカムなのです。


流れていたい。